飛ばない魚
→ お題配布 tiptoe 様
+++ネタバレはありませんが、「罪滅ぼし編」事件以前のお話です。
いつも真面目だったレナが、最近、居眠りばかりしていた。
魅音から最近レナの家庭の事情を聞かされたばかりで、
何だか無償に胸騒ぎがする。
・・・いや、レナの事だ。
きっと「かぁいい物を眺めていたら、遅くなっちゃっただけだよ、だよ?」
とかそう言う理由に違いないよな?
そう、多分オレが思っているようなこの胸騒ぎなんかとは、関係がない理由で。
*****
「・・・へぇ、マジで?あんまり信じられねぇーなぁ」
「本当だよ、だよ!レナ嘘付いてないよ〜っ」
いつもの部活終了後、魅音と別れた後、残り組のレナとオレは二人で帰って行った。
レナの態度も、口調もいつもと変わらない。
そして、いつも通りの笑顔。
特に変わった様子はなかった。
やはりあれは、ただのオレの杞憂だったかな。
オレと同じ様に、うたた寝したに過ぎなかったのかもしれない。
「あー、ひぐらしが鳴いているなぁ。
もうすぐ秋だな。秋が来たら、冬。冬と言えば、偉大なイベント!!
あ〜、早く面白い事がしたいな〜」
「・・・圭一くんは、今じゃ不満・・・かな、かな?」
「別に不満じゃないけど・・・何かあった方が、面白いだろ?」
特に、深い意味があって言った訳じゃなかったんだ。
秋は食欲の秋だし、冬はクリスマスがある。
この時は、ただそれらの行事が楽しみだな〜と、単純に思っただけ。
「・・・・・・そうかな・・・。
レナは、レナは学校で皆でお弁当を食べたりとか、
部活で、恥ずかしいけど罰ゲームをしたりとか、
そういう『当たり前』な事の方が、すごく嬉しい。
特別な行事じゃなくて、ただの『当たり前』な事が・・・」
だから。
だからレナがいつもと違う事に、気付いてやれなかったんだ。
あんなに何かしらの胸騒ぎを感じていたのに。
いつも通りだと、無理やり安堵しようとしていただけ。
オレは、レナの質問に対して、あまりにも無神経だった。
「・・・・・・?レナ?」
「『いつも通り当たり前に』それは、本当に当たり前になっている人達が言うことなんだよね・・・」
「・・・レナ、それは・・・」
「だって、私には・・・そんな・・・そんな『当たり前な事』がすごく、すごく幸せに感じるもの・・・」
「っ、明日だって、皆でお弁当食べて、楽しく部活やればいいじゃないか。
そうだ、今度の罰ゲームは皆の苦手の物をそれぞれ―」
オレは、多分知ってたんだ。
レナが、学校であの部活のメンバーと話している時が、一番幸せだって事を。
知っていて、敢えて繕う様に、言葉を吐いたんだ。
いつものレナが、変わっていく事から、逃げたかったのかもしれない。
「もう、・・・もう無理だよ、圭一くん。
だってね、・・・レナは魚になってしまったの。
いつまでも水の中で、苦しくて・・・
でも飛ばずにそのまま、そこで溺れているの。
いつまでも。
もう、圭一くん達と同じ様に、陸地を走れない―」
さっきまでの笑顔が、嘘のように止んでいた。
怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもなく。
ただ、白い顔を更に白く硬直させて、無表情に。
レナはそう淡々と呟いていた。
「・・・・・・レナ、よく、意味が分からない・・・・・・」
「そう?今の私、そのままの事だよ、だよ?」
ゆっくりと目を合わせたレナは、蒼白な顔で、少し笑った。
疲れたような、もう諦めたような顔で。
俺の胸騒ぎは、ただの勘違いじゃなかったんだ。
あの、いつも笑っているレナが。
こんな表情、今まで見たことがなかった。
「・・・っ、魚は飛べないし、まして溺れもしない。
だからレナだって、溺れているわけじゃない。
きっと、何かしらの解決口があるはずだろ。
だから、相談しろよ!きっと部活のメンバーが・・・オレが協力するから、だから―・・・」
皆でいる時の、楽しそうなレナに戻って欲しくて。
今まで、無理して笑い続けたレナに対して。
オレは謝罪の意味も込めて、レナに言った。
本当にごめんな。
こんなになるまで、ちゃんと言ってやれなくて―・・・
「・・・圭一くん。
間違っているよ。それは、違う。
魚はね、『飛べない』訳じゃなくて、『飛ばない』の。
我慢して、飛ばずにいて、
そしていつまでも溺れて、
・・・いつか、いつか笑っていれば幸せになれると信じて。
そして溺れ続けるの・・・やがて、溺れ苦しくて疲れ果てたまま、
海へ流されて行く事が分かっていても。
多分、・・・解決の糸口なんて、途中で切れてしまっているんだよ。
レナは、もう海にまで流されて、帰って来れない。」
「っ、レナ―・・・」
「圭一くん。
もう圭一くんのお家だよ?また、ね?」
「!おい、待てよ、レ―」
そう言って、俺の言葉を待たずレナは帰ってしまった。
レナの中で何かが、間違った方向で解決してしまった事に、
また、気付いてやれないまま―・・・