距離感。




   普段外から聞いていた時より、それはかなりの轟音だった。
   聞き慣れない音のせいで、オレは一瞬何の音か分からなかった。
   理解出来たのは、あの小さな窓からの光を除いて、
   まったくの暗闇になってしまったから。
   遮断された空間で、授業中の生徒の声と、
   それからひぐらしのなく声だけが聞こえる――・・・

   「・・・って、お、おい!!ちょ、ちょっと待て!!
   何の真似だよ!!どうせ魅音だろっ。何でここ閉めるんだよ!!
   これはルール違反・・・いやむしろ、
   捕まりもしないし、捕まえも出来ないじゃないか!!
   ゾンビごっこは、部活は、どこ行ったんだよぉぉぉ!!」

   轟音を立てて閉まった扉を
   激しく叩いてみたものの、返答は全く無かった。
   一体何の為に閉じ込められたんだ?
   正直、中は窓からの光だけじゃ薄暗いし、そしてかなり埃ぼったい。
   しかも、毎日この薄暗い場所へ保管される為だろうな。
   長年使い込んだマットやら跳び箱が、かなりカビくさい気がする。
   ここに長時間いるのは、はっきり言って辛し、
   いやそれよりも、何よりも―・・・

   「・・・圭一くん・・・走っていく足音が聞こえたから、
   もういないと思う・・・かな、かな・・・」

   レナは激しく扉を叩いているオレに向かってそう言った。
   そう、よりにもよって、レナも一緒に閉じ込められたのだ。
   あの一瞬で、体育館倉庫に。
   そもそもオレがここにいるのは、
   体育の時間を利用して始まった、恒例の部活動の為だ。
   鬼が交代制ではない、文字通り「ゾンビ」の様に増えて行く、ゾンビごっこ。
   レナが体育館倉庫へ隠れた事を知ったオレは、
   ゾンビの振りをして驚かす予定―・・・だったんだけどな。
   まさか、それが、レナと閉じ込められるなんて予想してかった訳で・・・

   「・・・あ〜あ、これで罰ゲームとか、マジで無しだぜぇー・・・」

   自分の気を紛らわすように、『部活』へ文句を垂れた。
   レナとここに閉じ込められているのを、意識しないように。
   でも、こう薄暗いと視界が利かない分、
   相手の動きや言葉がいつもよりも鮮明に伝わってくる気がする。
   今さっき喋った言葉も、
   何だかいつもと違って聞こえた気がするし。
   ・・・・・・早く外に出たい・・・

   「・・・ご、ごめんね、圭一くん。」
   「?『ごめんね』?」
   「あ、あのね、これ・・・たぶん、レナのせいなの・・・」
   「・・・・・・あ?え?『レナのせい』って・・・?」

   突然突拍子も無い発言に、
   オレはレナの言葉をそのまま繰り返していた。
   だいたい、レナだって同じ被害者なんだから、
   『レナのせい』っていうのは変じゃないか?
   それとも、わざとレナが扉を閉めさせたとか?
   まさか、な。
   レナがそんな事をする必要性が無いし、
   しかもさっきから、済まなそうに俯いてしまっている訳だし。
   どう考えても、『故意に閉めさせた』態度とは思えないだけどな。

   「あー・・・っと、それはつまり魅音の悪戯じゃなくて、
   誰か別のヤツ・・・とかそういう意味なのか?」
   「うんうん。多分鍵をかけたのは、魅ぃちゃんだけど。
   でも、『悪戯』じゃなくて、『レナのため』だと思うの・・・」

   『悪戯』じゃなくて、『レナのため』。
   どうして、ここにオレと閉じ込められる事が、
   レナの為になるんだ?
   閉じ込めなくても、別に話なら普段からしているし、
   相談事ならオレより、同性・・・同世代から考えても、
   魅音の方がよっぽど相談出来そうな気がする。
   レナの言っている事が、オレにはよく理解出来なかった。

   「・・・どうして、ここにオレと閉じ込められる事が、
   『レナのため』なんだ?
   オレには、よく、わからないけど・・・」
   「う、うん。そうだよね。
   えっと、ね。最近魅ぃちゃんにね、お話していた事があるの」
   「・・・話?」
   「・・・うん。何ていうのかな。
   そうなってもらえると良いな〜っていう希望かな?を、
   魅ぃちゃんにお話していたの」

   そう、レナは徐々に詳細を話始めた。
   相変わらず俯いたままで、
   どんな表情で話しているか分からなかったけど。
   時々、言葉を選んでいるようで、
   ちょっとだけ揺らす頭に合わせて、髪が揺れていた。

   「最近ずっと思っていた事なんだけど、ね?
   梨花ちゃんに対してね、そうじゃないのは分かるの。
   逆に沙都子ちゃんに対する態度も、喧嘩友達・・・かな?
   そういう感じだから、これも分かる気がするの。
   ・・・でも、ね?魅ぃちゃんは、レナと同じ位の年で・・・
   確かに、魅ぃちゃんは頼りがいのある女の子だけど、
   ・・・でも、それでも魅ぃちゃんとの態度がちょっと違う、から―・・・」
   「ちょ、ちょっと待て、レナ。話がさっぱり見えないんだけどさ?」
   「えっ・・・あの、あのね・・・そうだよね?
   ご、ごめんね、ごめんね。うんとね・・・
   レナはね、魅ぃちゃんにね、
   レナにも魅ぃちゃんと同じような態度だったら良いな〜ってお話したの。
   そして、その事について話が出来るような、
   そんなきっかけがあればいいなって。
   魅ぃちゃんに言ったの。
   ・・・実際はただの、レナの願望だったんだけど。
   でも多分、魅ぃちゃんの事だから、考えてくれていたと思う。
   ・・・―レナはね、ずっと、羨ましいと思っていた。魅ぃちゃんが。
   だから、お願いしたの。」

   相変わらずレナの説明は要点を得なかったが、
   レナが何かを言い辛らそうに、
   だけど、確かに伝えようとしているのは分かった。
   ちょっとだけ、普段なら分からない位、
   レナの声が震えているのが聞こえる。
   何か、すごく大切な事を言おうとしているように。

   「・・・つまり、そのレナの希望を魅音が叶えようとして、
   結果的にここに閉じ込めたっていう事だよな?
   魅音がレナの『お話』を考えてくれて。
   ・・・羨ましくて、魅音にお願いしたから。」

   多分、レナが変えて欲しいと思っているのは、
   オレからレナへ対する態度だと思った。
   魅音とレナへの態度がどう違うのかよく分からないし、
   まして羨ましがるような態度を、
   魅音にした記憶もまったく無かったけど。
   でも、多分わざわざここで二人きりで閉じ込めたのは、
   そういう意味だと思う。
   ここは、カビ臭いし、薄暗いし、正直な所最悪なんだけどな。
   レナがそんな風に考えていた事に、ちょっと気恥ずかしくて。
   まぁ、顔が熱いのは、別に嫌な気はしない。

   「う、うん。あの、ね。
   魅ぃちゃんには・・・圭一くん、肩組んだり、軽く叩きあったり、
   何ていうのか良く分からないけど、でもレナにはそう言うことしてこないから・・・
   何だかずっと・・・距離を置かれているような気がしてたの。
   だから、レナもそう言う関係に・・・なれたらいいなって、思って―・・・」

   そんなレナの言葉を聞いて、
   オレの心拍が上がるのが分かった。
   さっきよりも、ずっと。
   おまけに、さっきまで俯いていたレナが、
   「・・・圭一くん・・・」とか言いながら、
   ゆっくり顔を上げていた。
   薄暗い室内では、あまりよく分からないけど、
   それでもいつもとは違う。
   更に顔を染めて、今にも泣きそうな感じで。
   目が合うとすぐまた、俯いてしまっていたけど。
   ・・・いいんだよな?
   オレが勝手に思い違いしても、これは。
   勝手に期待しても。

   「・・・レナ、初めに断っておく。
   正直、レナと魅音に対して同じような態度では、接する事は出来ない。
   たぶん、今までと変える事は出来ないと思う。
   魅音はああいうヤツだし、何だろ?
   気軽に?敢えて言うなら悪友のように?な態度が取れるんだ。
   でも、レナには、それは出来ない・・・」

   そこまで言うと、いったんオレは言葉を切った。
   ちょっと間をあけて、深呼吸して。
   多分、オレはさっきのレナのような感じになっているんだろうな。
   言葉が上手く出てこなくて、
   言いたい事は決まっているのに、
   頭がその言葉を見つけてくれなくて。
   自分自身がもどかしい。

   「・・・―だからレナ、『特別』に。
   ちょっと触れてもいい・・・かな?」

   レナは相変わらず俯いたままだったけど。
   だけど、小さく、本当に僅かに顔を小さく揺らしたんだ。
   だからオレは、
   魅音とはまた違った意味で、レナの肩に手を回した。
   思っていた以上に、
   華奢で折れてしまいそうだったので、
   出来るだけ力を入れずに。
   いつもの制服よりも、ずっと薄手の体操着だから、
   触った所から、余計レナの体温が伝わって来る。
   それから、レナの匂い―・・・
   多分オレは今、最高に紅い顔をしているんだろうな。
   だったら、レナも紅い顔をしているといい。









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