君に、マフラー。
白い息を吐きながら、圭一は朝の冷え込みに今日何度目かの身震いをした。
東京に居た頃は確かに雪の降る日もあったが、
それでも頻繁では無く、ごく稀に降る程度だった。
しかも車やビルが多いせいか、ここ雛見沢より随分と暖かい。
圭一は意味も無く厚手の手袋を嵌めた手を、何度か擦り合わせた。
歯が寒さのせいで、音を立てる。
「あ、圭一くん!おはよう〜。今日は一段と寒いねっ」
「・・・お、おはようっ・・・」
待ち合わせ場所にいつも通り早く来ていたレナは、明るくそう挨拶した。
厚手のコートを着て、マフラーをした彼女は
それでも寒いだろうこの気候を、圭一よりは左程苦にはしていないようだった。
都会人と地元住人の差だろうか。
そんなレナの様子を横目で眺めると、
挨拶もそこそこに、圭一はまた熱が逃げないように身をちぢ込ませた。
「・・・圭一くん、大丈夫かな、かな?」
「・・・い、いや無理。マジ無理。マジ死ぬっっ!!」
寒いとは言え、昨日までは圭一も防寒具で寒さを凌げていた。
しかし今日は一段とした冷え込みである。
恐らく今年一番の最低気温だろう。
この寒さへの恨みもこもり、
圭一は思わず朝空の下叫び声を上げた。
そしてその反動で、肺に更に冷たい空気が入る。
自分で招いた結果に、
圭一は「あー・・・」とか「うぅ・・・」とか呻ると、大きく身震いをした。
その姿にレナが笑い声を上げながら、首を少し傾げつつ圭一に声を掛ける。
「あ、あのね、そう言えばね、思ったんだけど・・・
圭一くんはマフラーとかしないのかな?
いつもしていないみたいだけど・・・」
「え?・・・あ・・・いや、用意はしてあるんだけど、
いつも持ってくるの忘れてさ・・・そのせいで首やら耳やらがぁ
・・・取れる!いつか取れるぜ、この寒さはぁ!!」
「あははは〜っ、じゃあレナが持って来たマフラー使うかな、かな?
お家にもう一枚あったから、もし良かったら圭一くんに、と思ったんだけど・・・
あ、でも前にレナが使っていたものだから、
・・・ちょっと、嫌かな、かな?」
「っ!!まさか!!レナ、全然むしろ嬉しいぜ!!レナは神様だな〜」
幾分大げさな感じがあったが、
圭一はお礼を述べると、レナの行為を有難く受ける事にした。
幾ら防寒具のコートを着用しているとは言え、
首元から朝の爽やかすぎる風が舞い込んで来て、
一向にその用途を果たしていないような気がしていた。
それからこの一段と増した冷え込み。
・・・その寒さを少しでも倦厭出来るなら、
オレは今喜んで何でもするだろうな―・・・
そんな事を考えながら、
圭一はぼんやり自分のバックからマフラーを取り出すレナを眺めていた。
そして、恐らくこの寒さから逃れられる余裕からだろう。
突然圭一は一人ほくそ笑んだ。
良い考えが頭を掠める。
「・・・・・・じゃあさ、レナ。
出来れば掛けてくれると嬉しいなぁ〜?
レナがオレの首に。」
「ふぇっ、は、はぅぅっ!な、何でかな、何でかな?
じ、自分で出来ちゃうと思うよ!」
思った通りレナは頬を紅くして、
頭を横に振りながら一歩遠ざかった。
僅かに開く圭一との距離。
それも予想済みの圭一は、
さらに顔をにやけさせながら、レナに詰め寄る。
「どうしたんだよ、レナ?
別に掛けてくれるだけでいいんだぜ?
ちょっと寒さのせいで、手が動かないからさ〜
それとも、オレの事そんなにキライ、とか?」
「ち、違う、けど・・・はぅぅ〜・・・」
明らかに言い訳がましい事を言いながら、
さらに圭一はレナとの距離を縮めた。
圭一の影がレナに掛かる。
ちょっと目線を逸らして、耳まで染めながら、
レナはマフラーを片手に、まだ思案気味だった。
―本当、面白くて可愛いなぁ・・・
そんなレナの反応に、思わず隠し笑いをしながら、
圭一は最後のお願いをした。
もう少し距離をつめて。
「オレはレナに掛けて欲しいんだけど、・・・ダメ、かな?」
そのお願いに
しばらく俯いて考えていたレナだったが、
やがて上目遣いで、
マフラーを持った手にきゅっと力を入れて、
「・・・こ、今回だけだよ、だよ?」と承諾した。
自分のお願いが通った事に、
頬が最大に緩むのを感じながら、
圭一はそのままゆっくりと頭を下げた。
やがてちょっとつま先立ちしながら、
レナは圭一にマフラーを掛ける。
広く広がったマフラーは、
圭一の後頭部から首筋をすっぽりと包み込んだ。
先程までの身を切るような寒さが一瞬で遮断され、
代わりにレナの匂いが僅かにする。
その事にいちいち意識している自分がいて、
圭一は先程までにやけた顔が緊張で、硬直するのが分かった。
少しぎこちなく、圭一は頭を挙げる。
「・・・圭一くん・・・これで暖かいかな、かな?」
先程まで嫌がってマフラーを掛けずにいたレナが、
無理やりそうさせられたにも関わらず、
そう言いながら笑い掛けていた。
その笑顔があまりにも嬉しそうで、思わず圭一は見入ってしまった。
圭一が少しでも寒くないように、
その願いが叶った嬉しさの笑顔のようで。
だから。
――気付いた時には、
小さな濡れた音と、
熱が逃げていく感覚がした。
それからレナのいつもよりも近い息遣いと。
「・・・・・・・・・け、けけけけ、圭一くんの、ばかぁっ・・・・・・」
早朝の寒空の下。
レナの叫び声が響いた。
圭一が自分のした事を意識した時には、
既にレナは学校に向かって走っていってしまったので、
表情までは分からなかったが。
それでも僅かに見えた耳は、真っ赤で。
こりゃ、魅音に殺されるな・・・
もう一人の生徒を思い浮かべながら、圭一は苦笑いを浮かべた。
でも、もう先程の寒さは感じない。
一瞬だけ熱くなった口唇から、
一気に熱を得たように。
口に手の甲を当てながら、圭一はやがてレナを追いかけ始めた。
レナと同じく顔を紅くしながら。