きよしこの夜。
(Side Rena)
窓を開けば、レナの息遣いが霧となって
消えて行くのが見えた。
そして身を切るほどの空気が肌を覆う。
もう随分前から降り続いた雪が、
道や庭に積もって、満月の下で淡く光っていた。
でもきっと、ここではない、もっと遠くのどこかでは、
綺麗なイルミネーションも光っているかもしれない。
そこでは、定番の音楽が流れていて、
約束を交わした人達が笑い声上げて、
今日という日を過ごしているんだろうな。
そう思うと、
遠くから小さな歌声が
レナまで聞こえるような気がした。
今日は、クリスマス。
「・・・用もないし・・・どうしようかな、かな・・・」
小さく呟いたはずのレナの一言は、
やけに大きく聞こえた。
その度に口元から白い息が上がる。
もしも魅ぃちゃんなら、こういう時どうするのかな?
あるいは沙都子ちゃんや、梨花ちゃんは・・・?
いくら他人の行為を想像しても、
その解決策は見つからなくて。
仮に見つかったとしても、
解決させる為には、
結局は自分で行動しなきゃいけない訳で。
レナにはどうする事も出来ずに、
また白い息を吐きながら呟いていた。
「・・・・・・どう、しよう・・・」
でもね、どうしたいかは、ちゃんと分かっているの。
ただ、その方法が見つからないだけで。
普通に電話で言えば解決する事だったけど。
だけど、それも恥ずかしくて言い出せないままで。
それ以前に、学校帰りにでも言っておけば良かったように思う。
あの時、迷ったりせずに。ちゃんと。
「一緒に・・・いたい、かな・・・」
窓を開け放っている為、
部屋の温度が下がり始め、
そしてレナ自身の頬も、すごく冷たくなってしまった。
もう、今日は諦めようかな・・・
弱気な自分がそう呟く。
諦めてしまえば、確かに楽だと思った。
ただ、後悔するだけで。
自分が我慢すれば良いだけで。
――でも・・・
「今日は、圭一くんと、一緒にいたい・・・」
どうしたいかは、ちゃんと分かっている。
なら、そうなるように努力しなきゃだめだよね?
後悔して我慢すれば、
今日という日は過ぎて行くけど。
でも、多分今日という日が過ぎても、
気持ちは変らないと思うから。
だから、今会いたい。
そこまで思うと、良い考えがレナに浮かんだ。
恥ずかしがらずに、ちゃんと電話で伝える方法が。
・・・圭一くんはサンタさんじゃないけど、
でも、今日はプレゼントの変わりに
一つの「嘘」を許してくれるといいな。
*****
(Side Keiiti)
約束の場所まで行くと、レナは既に来ていたらしく、
大きく手を振ってオレを迎えた。
ここは、レナのお気に入りの場所。
例のゴミ山。
クリスマスなのに用も無くて、
しかも両親共々、一人息子を置いて旅行に出掛けてしまった
空しい時間を埋めるかのように、
レナから電話が掛かって来た。
それはいつもは、魅音の役割だったので、少々以外だったけど。
内容は決まっている通りの、『部活行事』。
クリスマスだし、部活メンバーで会おうという事になったわけで。
まだその部活内容は教えられてないけど、
空しく一人クリスマスを過ごすよりは、
随分と魅力的な誘いだった。
「・・・よう、レナ、相変わらず早いな〜。
他のメンバーは?もしかして、レナ一番乗り?」
正直言えば、今日はメンバーというより、
レナと個人的に会いたかったんだけどな。
そう言うと他の奴らに悪いけど、
やっぱり『クリスマス』の醍醐味と言えば、
恋人同士の語り合い!だよな。
・・・って、誘う理由もなかったし、
こういう時の言い訳もままならなかったので、
実行まで到らなかった訳だが。
だから、部活活動は好都合だった。
「あ、圭一くん!こんばんわ〜」
ゴミ山での待ち合わせなんて、
雪も降り積もって危ないことこの上ないのだが、
ふらふらとバランスを取りながら向かうオレに対して、
さすがに足元に気を遣ってはいたが、
レナは身軽にオレの近くまで寄って来た。
随分と待っていたようで、
頬や鼻がは桃色になっていた。
それにいつも見慣れない私服姿で、
いつもより可愛いく見える気がする。
・・・いやいやいやいや、今日は部活。
そう部活で来ているんだからな!
自分にそう言い聞かせながら、
改めてレナに挨拶を返した。
「ああ、レナ・・・えと、こんばんわ、だな。
いつもは『おはよう』だから、なんか調子狂うなぁ〜」
「あははははっ、そうだね。
こんな夜に会うなんて、無かったもんね。
あ、でも、圭一くん。
その『部活』の事なんだけど、ね?」
レナはそう言いながら、
ちょっと申し訳なさそうに、話を切り出した。
そう言えば、魅音は遅刻魔だが、
こういう時はさすがにいつも早い。
何故なら『罰ゲーム』を誰かが言い出しかねないからだ。
あるいは、自分自身がそう切り出す為かもしれない。
それに、沙都子や梨花ちゃんがいないのもおかしい。
二人は別に遅刻常習犯では無いから。
むしろ沙都子に到っては、
こういう時だからこそ、
トラップを仕掛けかねないと思うのだけど。
どういう訳か3人の姿が、
先程からいっこうに見えなかった。
もしかして、その事だろうか?
「あのね、その・・・『部活』があるって言ったけど、
あの、ちょっと魅ぃちゃんが用が出来ちゃって、
・・・無くなっちゃった、の。
あの、ごめんね?折角来てもらったのに・・・」
「!何だよ、楽しみにしてたのに、残念だな〜
ったく、魅音のヤツ、一体何の用事だよ!
召集かけておいてさぁ〜」
「え、あ、う、うん。
で、でも魅ぃちゃん、
お家の行事とか色々あるのかもしれないよ?
皆で集まりたかったんだろうけど、
抜けられなくなっちゃったのかも・・・」
レナしか来ていない時点で
何となく予想していたけど、ちょっとショックだった。
まぁ、でもレナとはこうして会えたわけだし、
良しと言えば良しなんだけど、さ。
でも、『部活』が無いなら無しで、
ちょっとつまらない気もする。
去年のクリスマスと、今年は違うと思っていたんだけどな。
そう、部活への愚痴を思っていたが、
オレはふと気付いた事があった。
そもそも何でオレには電話とかで、
無くなった事への知らせなかったんだ?
それに、レナは何でここにいるんだろ?
だいたいレナはこんなに寒い中で、
部活も無く、他に用も無いだろうに、
こんな所にいる意味が分からなかった。
まさか、こんな時までカァイイ物探しでも無いだろうし?
「・・・えっとね、レナがここにいる理由は、
部活が無くなった事を、圭一くんお知らせしに来たんだよ。」
その事をレナに問うと、
何故か俯き加減で返答があった。
よく分からないけど、いつもと違う?
いつもは笑って、
そして相手をちゃんと見て、受け答えをしていたように思う。
だけど今日は、何だか歯切れが悪いような、そんな気がした。
まぁ、でもわざわざ知らせに来てくれたんだよな?
こんな寒い中を。
「そっか〜、わざわざ悪かったな、レナ。
でも、電話してくれれば良かったのにさ?
寒かっただろ?こんな所まで」
「うんうん、全然そんな事ないよ。
だって、こんな素敵な日に、お家に居るのは勿体無いし。
それにね、お電話したんだけど、
おば様がもう圭一くんお出掛けしちゃったよ、
って教えてくれたから・・・」
相変わらず、ちょっと下向いたまま、
レナはそう答えていた。
でも。
ちょっと待てよ?
レナ今、オレが出掛けた事を、
母さん教えたって言ったよな?
二人旅行中の、母さんが?
確か家にはオレしかなくて、
誰も訪ねてくる予定も無かったはず。
外は相変わらず寒かったが、
オレの頭中は、そんな事お構いなしで、グルグルしていた。
部活だと喜んでくれば、
レナと二人きりで。
それはそもそも願っていただけに、
正直嬉しかったけど。
でも、わざわざ来てくれたレナは、
出掛けていないはずの母さんが、
電話で居ない事を伝えたと言う。
「レ、レナ・・・
今、その、オレの両親旅行中でいないんだけどさ、
本当に母さんがそう言った、のか?」
そこまで言うと、突然レナが顔を上げた。
驚いたような、そんな表情で。
寒さで桃色だった頬の色が、だんだん更なる色を帯びる。
それから、ちょっと動揺したように、
下を見ながら、すごく小さい声で答えた。
オレがいつもからかっていた時のような、そんな反応で。
でも、そうなる理由がよく分からない。
オレは今、別にからかっていた訳じゃないし?
「け、圭一くんのご両親、外泊中でいらっしゃらない、のかな・・・?」
「え、あ、まぁ、クリスマスだし。
新婚時代に戻って、二人旅行を楽しむだかで、
一人息子を放置して行っちまったけど?」
「あ・・・そっか・・・そうなんだね。
・・・失敗、しちゃったかな・・・
クリスマスなのに・・・ごめんね、圭一くん・・・」
何がどう失敗なのかよく分からなかった。
それに、こんな消え入りそうな声の、レナの態度の理由も。
部活は、無くなったんじゃないのか?
そもそも、部活の言い出しはいつも魅音で、
電話での召集も魅音なのに、
レナが掛けて来ること事態珍しかったし。
一体、どこから何がどうなっているんだろう?
別にオレとしては、
まったく用事も無かったクリスマスが、
レナとこうして過ごせて嬉しいんだけど、さ。
「・・・えと・・・部活って、無くなったんだよな?
それをレナが伝えに来てくれて?」
「・・・うんうん、ごめんね、圭一、くん。
・・・本当は、全部、嘘、なの・・・・・・
おば様の事も、魅ぃちゃんの用事も、
・・・それから部活の事自体・・・全部」
「・・・・・・じゃあ、レナのあの電話は・・・」
「・・・ごめんなさい。あれも、ね・・・全部、嘘なの・・・・・・」
「・・・・・・」
レナはそう言うと、
ただただ顔を紅くするばかりで。
ひたすら「用事も無いのに、呼び出してごめんね」
ばかり呟いていた。
つまりオレは嘘をつかれてまで、
ここに呼び出されたという訳だよな?
もしそうだとしたら、
オレが考えている通りな事なのかもしれない。
それが本当だったら、男のオレが言うべきだったのにな。
相変わらず外気は冷たくて、
立っているだけでも凍りそうだけど。
でも、そう思っているのがオレだけじゃ無い事に、
正直嬉しくて、ここでこうして立っているのも、
なかなか悪い気がしない。
「・・・なぁ、レナ。
もしかして、さ。オレに会いに来てくれた、とか?」
「っ!!」
だから、オレの悪い癖だけど、
ちょっとだけからかいたくなってしまった。
だって、そうだろ?
嘘付いてまで、今日会いに来てくれたんだし?
オレの問いかけに、
レナは一瞬顔を上げたけど、
すぐ恥ずかしそうに、また俯いてしまった。
手袋をした両手を、
ギュッと自分自身で握りしめたままで。
だから、余計オレは調子に乗ってしまうんだ。
レナは多分、
その辺がよく分かっていないんだろうけど。
「あれ〜?違うのかな〜?
ひどいなぁ、クリスマスなのに。
部活も無くて、こんな所まで呼び出されて?
それなのに、レナも用も無くて?」
「あ・・・あの、ち、違うんだよ?
えと・・・あの・・・だから・・・・・・」
「へぇ〜、何が違うのかな〜、レナ?」
「・・・えと、えとね・・・あの・・・・・・」
上目遣いで、顔を紅くして
動揺したレナはすごく可愛くて。
だからここら辺でからかうのは、良しにしてやるか。
今日はクリスマス。
サンタはいい加減卒業したけど、
今ならちょっと位なら、もう一度信じてやっても良いかもな。