寂しいと、
+++「動物耳」ネタの為、嫌いな方はご注意下さい。
『圭一くん、ど、どうしよう・・・』
レナからの突然の電話で、圭一は例の「宝の山」に来ていた。
電話の様子からも圭一は只事では無いとは思えたが、
こうして実際会ってみると、
その想像は遥かに甘かったんだと思う。
普段のレナとは違い、
とても切羽つまった感じで、僅かに声が震えていた。
おまけに、いつもの帽子を両手で必死に押さえつけている。
まるで、僅かな風でも、それが舞って行ってしまうとでも言うように。
「レ、レナ?どうしたんだよ?
いつもとだいぶ様子が違うけど、何かあったのか?」
「・・・はぅ・・・変なの、変なんだよ、圭一くん・・・」
うっすらと涙目になりながら、レナは震える声で圭一にそう告げた。
顔色も、いつもより青ざめて見える。
もしかしたら、ずっと一人で我慢していたのかもしれない。
「大丈夫か?」と再度心配する圭一に、
堪りかねた様に、レナは押さえ付けていた帽子を取った。
「・・・・・・・・・・・・マジ?」
しばらく声が出なかった。
実際声を出すまで、息をする事すら忘れていたように思う。
それ程、衝撃的、いや破壊的だったのだ。
――まさか、レナの頭に「兎の耳」が生えるなんて事は。
「・・・・・・はぅ・・・ど、どどどうしよう・・・
・・・な、何かね、今日起きたら突然生えてたんだよ、だよ・・・・・・
レ、レナ・・・・・・ウサギさん虐めたりなんかしてないのに・・・はぅぅぅ・・・」
普通の「兎の耳」と違い、全体的に垂れ下がっているそれは、
色具合もレナの髪色に合わせたようで、
似合うか似合わないかと問われれば、
非常に似合っていると言える。
これが造り物の耳であれば、
圭一は両手を広げて賛成、
むしろ今後の罰ゲームの材料にしただろう。
ただ、本物となると話は別である。
第一、こんなに困っているレナを見捨てておけるはずもなく。
「と、とにかく、だ。
・・・・・・その『耳』が生えて以来、
体調が悪かったり、何か困った事とかは大丈夫なのか?」
「・・・えっ、う、うんうん・・・体調が悪いっていう事はないんだけど。
ただ、・・・野菜と果物しか体が受け付けなくなっちゃって・・・
あと、前より体温調節が上手くいかないの。
急に寒くなったり、暑くなったり・・・
・・・こ、これも、この『耳』のせいかな、かな・・・・・・・・・」
取り合えずは体調管理が先決、とばかりに
圭一はレナの容態を尋ねた。
だが、聞けば聞くほど、
その体質は「兎」に酷似しているように思えた。
草食動物である「兎」が肉類なんて食べるはずもなく、
まして「兎の耳」が体温調節を担うというのは有名な話である。
もしかして、このまま「兎」になっていくのではないか・・・
訳も分からない非現実的な考えが、
圭一の頭に浮かんだ。
物理的な問題を考えれば、到底無理な話だか、
現に今こうして、レナの頭には「兎の耳」が存在している。
圭一にしては珍しく、難しい顔をして無言でいると、
レナは更に不安が増したのか、涙目のまま圭一を見上げた。
小刻みに震える度に、「耳」も僅かに震えている。
「そうか・・・で、でもさ、今体調が悪い訳ではないんだよな?
それなら、取り合えず、その『兎の耳』が生えた原因を考えていこう。
今体調が特に悪くなけりゃ、その後医者に行くなりしても、
きっと遅くないだろうからさ、な?」
圭一自身、こんな状況に混乱していたが、
取り合えずは、一番不安なはずのレナを落ち着かせなければならなかった。
それに原因さえ分かれば、
自分達自身で解決できるかもしれない。
いや、普通に考えれば、
このまま病院へ行く事自体、躊躇される。
否応無しにも、自分達で解決しなければならない状況だった。
圭一は不安で震えるレナと同じ目線にすると、
「思い出せる範囲でいいから、生えた時の状況を教えて欲しい」と
再度ゆっくりと告げた。
・・・ただ、本音を言えば、
自分にどうにか出来る自信なんて、ほとんど無かったが。
「・・・うんとね、えと・・・確か、生え始めてきた時は、昨日の夜の
もう寝ようとしていた頃だったと思うの。
・・・ご飯とかそういう生活は、いつもと変わらなくて
ただ・・・その・・・・・・か、考え事をしていたら、急に頭が熱くなって・・・」
そう途中で話を切ると、耳の付け根当たりを指差した。
考えに耽っている途中に、そこが熱くなりだしたのだろう。
「それで?」
「うん、それでね・・・その時には何ともなかったけど、
今朝起きたら頭に違和感があって・・・
鏡を見たら今みたいな事になってたんだよ、だよ・・・・・・」
そう言いながら、声を落としたレナは
またしょんぼりと頭を下げた。
恐らくレナ自身、その原因がまったく掴めていないのかもしれない。
だが、圭一はそこまで話を聞き終えると、
何かを閃いたかのように、「つまりだな・・・」と再度確認を取り始めた。
「生活習慣・・・つまり食べ物とか、その他の風呂とかそういった所は
まったくいつもと変化させていないってことだよな?」
「・・・えっ・・・う、うん」
「睡眠時間も今日に限って、短いとか、そういった事でもないんだよな?」
「えと、確かアイロン掛けとかが終わった時だったから・・・
いつもとそんなに変わっていなかったと思うよ?」
「だよな・・・だったら・・・」
その考えが、果たしてこの「兎の耳」解決に
関係があるのか定かではないが、
圭一はまるで解決の糸口を見つけたとでも言うように
にんまりと笑った。
それから強くレナの肩を掴むと、
再度レナの目を見ながら尋ねたのである。
「いつもと生活態度が同じなら、それらはきっと無関係だと思う。
だとしたら・・・『考え事をしていた』って、どんな事なんだ?」
「ふぇっ・・・・・・」
思いもよらない事を唐突に聞かれたからか、
あるいは聞かれたく無い事を尋ねられたからなのか、
レナは声を上げると、そのまま俯いて黙ってしまった。
その反応に、今回の糸口がきっとあると確信した圭一は、
更にレナに目線を合わせると、
「解決する為には、必要な事なんだ」と強く説得したのである。
自分から相談を持ちかけておいた手前、
だんまりを決め込むと言う事も出来ない。
レナは渋々、事の詳細を話始めた。
ただ、ひどく小さな声で。
「・・・・・・ちょっと前になるんだけど、
入江先生にお願いして、分けてもらった物があるの・・・」
「・・・い、入江先生?」
「そう、入江先生」
突如発せられた診療所の医師の名前に、
戸惑いを表しながらも、圭一は頷いた。
そしてそれと同時に、
今回の全貌がおぼろげながらも見えて来た気がした。
彼の事だから、不可思議な薬を作っていても
何ら違和感は無い。
むしろ騙し討ちされて、人体実験されかねない気さえする。
不信人物とまではいかなくとも、
圭一の中で、入江の存在は信用ならない所があった。
「それで・・・入江先生が何かしたのか?
訳わかんねぇ変な薬でも渡して来たとか?」
「え・・・あ、うんうん、そう言うのじゃなくて。
他の女の子も数人もらっていたんだけど、
その・・・『おまじないに良く効くジュース』を分けてもらったの」
「・・・・・・ま、まさか、考え事しながら、飲んじまったとかじゃないよな?」
「その・・・圭一くんの言う通り、考えながら・・・
え、えと・・・さっきは『食べた物』とか変えていないとか言ちゃったんだけど・・・
・・・そ、その、『願い事』をしながら飲んだんだよ、だよ。
あ、でも、ジュースをもらった他の女の子達は、
こんな風になっていなかったから、
入江先生のジュースのせいじゃない・・・と思う・・・」
「そんな『ジュース』怪しすぎるだろっ」
圭一は心の中でそう、入江を毒付きながら、
それでもレナだけに表れた現象について考え始めた。
仮に、レナのジュースだけ別の物だったとしても、
「研究」に対する「成果」を求めているのだとしたら、
複数の「成果」が欲しいはずである。
そうだとしたら、レナの物だけ別の物品にする意味が無い。
それに、入江がこんな事を企むとしたら、
沙都子か梨花ちゃんである。
レナは対象外だと思うし、
だからと言ってレナに対して不満を持っているようには思えない。
つまり、レナの体質に反応しての結果か、
あるいは『願い事』が何か関係しているとしか考えられなかった。
どちらかと言えば、体質により突然変異を起こしたと言う方が、
まだ説得力がある気がするが。
「十中八九、その『ジュース』が原因だと思うけど・・・
だいたい、そんな訳わからん物飲んで、
何の『願い事』してたんだよ・・・
相談とかなら、俺にでもしてくれれば良かったのに」
「え・・・あ・・・えと・・・その・・・・・・」
この不可解な現象の一旦が見えたように思えたが、
それとは別に先程からずっと気になる事があった。
レナは終始「考え事」つまり「願い事」があると言い、
その詳細についてはまったく触れてこないのである。
個人的な事だから、圭一にあまり言いたくないだけかもしれないが、
それでも、こんな事になってしまった今では、
話してくれても良いのではないだろうか。
好奇心である気持ちが強いような気もしたが、
あえて圭一はその事を追及した。
何より、困っている事があったら、
力になってやりたいという気持ちもあったから。
「・・・なぁ・・・もう一回聞くけど、
その・・・レナの『願い事』って何なんだ?」
「ふ・・・っ・・・ぅ・・・」
先程まで不安で震えていた時は打って変わり、
レナは明らかに顔を高揚させた。
まるで、その『願い事』を聞かれる事自体、
恥ずかしい事でも言うように。
実際レナにとっては、『ジュースを飲んだ』という事からして
知られたくない事象だったのだが、
素直に心配してくれている圭一を目の前にして、
沈黙を守るという事も、甚だ難かった。
だからとはいえ、その内容を一番知られたく無い人物でもある。
ここまで親身に相談に乗ってもらった圭一には悪いが、
始めから魅音にでも相談すべきだったと思った。
そうすれば、入江からもらった飲料についても
素直に説明する事も出来たであろうし、
何よりレナの行動に共感を示してくれたに違いない。
・・・何を言っても、
この事を圭一が知ってしまった今では、元も子も無いが。
「・・・え・・・えと・・・うんと、ね・・・あの・・・」
「?・・・レナ?・・・」
言葉がつかえて出てこないとでも言うように、
レナの態度は、はっきりしなかった。
しかもその声は次第に小さくなり、
最後の呟きは消え入りそうである。
人にはそれぞれ言いたく無い事もままあるだろう。
圭一自身の苦い記憶を思い出しつつ、
少々強引に聞き過ぎた事を後悔し、
圭一はレナへの質問を却下しようとした。
だか、それより先にレナは意を決意したようで、
ゆっくりと語り始めたのである。
相変らず、声は消え入りそうなまま。
「・・・あ、あの、ね?
入江先生がくれる『ジュース』っていうのは、
一つの願い事を叶えてくれるっていう噂があったの。
それは・・・女の子の間では、ちょっと有名でね?
半信半疑だったけど、
でも、もし願い事を叶えてくれるんだったらいいなって、
そう思ってもらって来たの・・・それで・・・」
「そう思って昨夜飲んだっていう事か?」
「・・・うん。
・・・まさか、こんな事態になるなんて思わなかったけど・・・
でも、一昨日・・・圭一くんが・・・・・・」
「えっ?・・・オ、オレ?一昨日?」
突然自分の話題にされ、圭一は戸惑いを示したが
レナはそれでも話しを終える事は無かった。
ただ、途切れ途切れに発せられる言葉は、
先程と同様に小さく
僅かに気を抜けば言葉を聞き漏らしてしまいそうである。
「・・・・・・圭一くんが・・・部活の皆と仲良くお話をしていて、それで・・・
・・・あ、そ、それは、レナにとっても嬉しいんだけど、でも・・・
レナがちょっと席を外していた、その間の面白かった事を
楽しそうに話していたから・・・だから・・・レナは、その話についていけなくて・・・
だから・・・・・・・・・」
ただじっとレナの言う事に耳を傾けていた圭一だったが、
その独白はいつものレナらしからぬ事で、
正直、困惑していた。
話の内容が分からなければ、気兼ねなく聞ける仲のつもりだし、
むしろ圭一の知っているレナなら、
人の輪に加わるのは非常に上手い様に思えたから。
だから、話の詳細が分からない程度で
ここまで悩む意味が分からなかった。
そして、この悩みと入江が渡した「ジュース」との関係も
不明なままだ。
悩みを知る以前より、更に疑問ばかりが浮かぶ。
レナには悪いとは思ったが、
圭一は発言を中断させ、事の詳細を直に聞くことにした。
「・・・レ、レナ。悪いんだけど、
その話と『ジュース』との関連性が良く分からないんだけど・・・
そ、それに、レナだったら、話の内容が分からない位で
悩んだりしないだろ?
別にオレ等に聞けばいいんだし、現に以前のレナなら聞いてたよな?」
その質問はレナの急所を突いたらしく、
小さく首を振ると、更に涙を浮かべた。
今にも零れそうな涙に、圭一は言葉の選択を間違えたかと焦ったが、
やがて発せられた言葉に、
圭一の方が挙を突かれたのである。
まさか、そんな言葉を言われるとは思わず。
「・・・他の子と仲良さそうな圭一くんに、レナ・・・
・・・・・・やきもち、妬いたの・・・・・・・・・
・・・だ、だから、入江先生からもらった
『恋のおまじないのジュース』を飲んだんだよ・・・・・・」
そっと目を瞑ったレナは、一粒涙を落とすと、
震える声で告白した。
辺りは静寂し、他の音は聞こえない。
ただ、良く聞こえるのは圭一自身の心臓の音。
口が乾いて、頭は真っ白で、
でも、心臓だけが煩く自分の中で響いて。
気が付けば圭一は、レナの「兎の耳」に触れていた。
思っていたよりさらりとしていて、
でも、じんわりと熱が伝わって来る。
どくどくと確かに脈打つそれは、
現実である事を顕著に示していた。
突然、圭一が触れた事に驚いたのか、
レナは涙で濡れた目を開くと、
ちょっと身震いをし、僅かに耳を傾ける。
それから、小さく声にならない声を上げた。
「・・・『兎』は、寂しいと死んじゃうんだよな・・・・・・」
誰にとも無しに、圭一は小さく呟いた。
驚きで目を瞬かせているレナと目が合う。
いつの間にか、圭一は
無意識の内にそっとレナを抱きしめていた。
耳の毛質と、レナ自身の髪の感触を頬に感じる。
それから、身を強張らせているレナも。
先程より一層心臓の音を煩く感じていたが、
耳の熱よりも、レナ自身が暖かくて、圭一はしばらく動けずにいた。
レナの紅潮した頬が、自分にも伝染したようで。
「・・・・・・あ・・・っ・・・・・」
やがて、レナは小さな声を上げると、僅かに身じろぎをした。
ようやく我に返った圭一は、
照れと気まずさから、慌ててレナを開放したが、
圭一の思惑とは別に、レナは急いで自分の頭に触れたのである。
同時に圭一も、その異変に気が付いた。
「・・・あ・・・あれ?・・・な、無くなっちゃった・・・
き、消えているよね?圭一くん・・・・・・」
「・・・・・・あ、ああ・・・消えてる、よ・・・・・・」
先程まで触れていた、問題の根本でもあるそれが、
いつの間にか姿を消していたのである。
まるで、全てが嘘であったかの様に。
「・・・ま、まぁ・・・か、解決?したから、良かったよな、レナ」
「え・・・あ・・・何が何だか良く分からないけど・・・・・・
消えてくれて良かったかな、かな・・・・・・」
二人とも腑に落ちないと言った感じで、
お互いを見合わせていたが、
何度見ても、そこに先程まで存在していた「それ」は無かった。
レナの言う通り、他の子にこの様な症状が表れていないのならば、
入江の渡した「ジュース」の影響でも無く、
「ジュース」による影響でも無いのだとしたら、
その原因はレナの「思い」でしかこの現象を説明出来ない。
果たして、人間の思惑でこんな「兎の耳」など、
生えて来たりするんだろうか。
更なる混乱が頭を占めたが、
ほんのり幸せそうに笑うレナを見ていたら、
圭一は原因なんてどうでも良くなってしまった。
「あ、あの・・・圭一くん・・・・・・ありがとう。
それから・・・また、明日なんだよ、だよ」
「・・・おう、また、明日な」
「寂しいと死んでしまう」なら寂しくさせ無いようにすれば良い――
そんな事を思いながら、圭一は家路に着いた。
*****
後日、圭一にとって不信人物に極めて近い入江に
例の「ジュース」の一件を問い質したのだが、
どうやら、オレンジジュースを基本としたハーブティーらしく、
その材料を聞いても、どれも毒性を持っている物は無かった。
少々、入江を疑い過ぎたと圭一は反省していたが、
それでも、もう二度と現れない「兎の耳」姿のレナを思い出しては、
「・・・・・・写真撮っとけば良かった・・・」などと、
小さく後悔していた事は秘密である。