春日和。
柔らかい日差しの中で、桜の花びらが散る頃。
学校から真っ直ぐに帰るのが惜しくて、圭一はレナに桜見物の提案をした。
まだ少し肌寒かったが、それでも冬の寒さを越して暖かくなった春風に、
僅かに目を細めながらレナは嬉しそうに頷いた。
もしかしたらレナも、
圭一のと同じ事を言おうとしていたのかも知れない。
「・・・圭一くん、一つ聞いていいかな?」
ただ歩いているだけでも、今日はすごく気持ちの良い日だったが、
桜の樹の下は、それ以上の心地良さだった。
日差しや風だけではなく、
何より、辺り一面が舞い散る花びらで満たされているから。
その光景に、やはり花見を提案したのは正解だと圭一は思った。
だが、レナの声は少しばかりくぐもっていて、楽しい雰囲気とは言い難い。
むしろ、戸惑いの声色。
圭一の提案に不満がある訳は無かった。
桜の花見自体、レナにとって嬉しいはずの出来事だから。
それに、この状況下で不満のある人間など、あまりいる筈が無いだろうから。
確かに、レナのこの原因は別にあった。
原因はレナの目線の先、ただ一点の真下。
「・・・何で、何で、レナ・・・・・・圭一くんに膝枕しているのかな、かな?」
今は罰ゲームでも、何でも無いはずだったのだが。
機を狙って、圭一はちゃっかりレナに膝枕をしてもらっている状況だった。
下を向けば、自然とぶつかる視線に、
違和感と共に、レナがいつもより緊張で身体が強張るのが分かる。
「何でって、そりゃ〜、レナの顔がよく見えるように、だけど?」
どこかの童話で聞いた事があるような台詞に、
ますます苦虫を潰した様な、そんな困惑気味の表情でレナは抗議の声を上げた。
始めから、レナの反応に抗議の色を感じ取ってはいたが、
圭一は敢えて気付かない振りをした。
むしろ、そんなレナの反応が楽しくて、動く気など無いに等しかった。
抗議の声を上げて真下を向くレナへ、わざと、にやけた視線を投げ掛ける。
挑発的に、恥ずかしがるレナに対して。
「だってさ、レナ?
春レナは今しか居ないんだぜ?この桜の様に」
「・・・ハルレナ?」
「そう、『春レナ』。春のレナ。
今年の春のレナは、今この一瞬だけなんだ」
説得力のある様で、無い様な陳腐な説明に、レナは納得すら出来なかった。
頬を桃色に染めて、「圭一くん〜・・・」と尚も抗議の声を上げる。
レナが嫌がるのは重々承知していた。
それすら楽しいのは、言うまでも無い。
楽しいからこそ、こうして抗議されても動じないのである。
ただ、今の言葉は紛れもない圭一自身が感じた事だった。
やっている事は冗談めかしていても、
気持ちは冗談などでは無く。
からかい半分で膝枕をしてもらっていたが、
レナの顔と向き合う状況になって、そして、改めて思った。
もし、この雛見沢に引っ越して来なかったら、
魅音も、沙都子も、梨花ちゃんも、
・・・それからレナの事も、
誰も知らなかっただろう、と。
もし、引っ越し先が雛見沢ではなかったら。
もし、東京で何の不自由もなく暮らしていたら。
圭一はこの景色も、
部活動での楽しみも、
それからあの仲間達を知らないし、
・・・レナの事も知らない。
―去年のレナと、今年のレナと、そしてこれからのレナ・・・
圭一が雛見沢に引っ越して来てからの時間しか、
レナの事が分からないから。
だから、一瞬一瞬を大切にしたいと、改めてそう思った。
まだ、困惑と不満色を顔に出しているレナの頬へ、
そっと手を添えて、心から笑って言った。
思った通り、初めレナは真っ赤になっていたけど。
「・・・オレ雛見沢に来て、部活のメンバーに会って
――レナに会えて、本当にマジで良かったって思ってる」
先程から困惑気味の顔で、身体を強張らせていたレナだったが、
少しづつ力が抜けて行くのが分かった。
圭一の手に恥ずかしそうに、でも軽く手を添えて。
やがて、レナも柔らかく笑っていた。
「・・・・・・それは、それはレナも一緒だよ?」
いつもと違う視線の先は、いつもより柔らかい笑顔。
ひらひら、ひらひら・・・
止め処なく桜は散って行ってしまうけれど。
個々の事情で、物事は変わって行くのだろうけれど。
来年も新しく開花した桜を、圭一は見に行けたら良いと思った。
もちろん、部活の皆とも。
レナとも。
「圭一くん、ずっとずっと、そばにいるね?」
「・・・ああ、レナ。フツツカ者ですが、今後ともよろしくお願いします〜っ」
「あははは〜」
春日和みたいな、そんなレナの笑顔が、
隣でずっと見れたら良い。