入道雲




   ――今、手を離しては駄目だ。


   入道雲の下、
   蝉の声が響いて
   歩いて帰るには、まだまだ暑くて。
   下涼みしようと
   圭一くんがレナの手を引いた時。

   瞬間、そう思った。

   もしも今、
   手を離してしまえば、
   「あの時」に戻ってしまいそうで。
   こうして一緒に帰える事も、
   普通に話している事さえ
   消えてしまいそうで。

   あの時、ずっと思ってた。
   帰りたい、と。
   一緒にいた時間に戻りたい、と。
   何も変わらないと思っていた、あの頃に。
   もう、部活動も、登下校も、
   話す事さえ、叶わなくなってしまったから。

   「・・・レナ?大丈夫か?」

   圭一くんの声がする。
   優しくて、心配そうな声が。

   「雲、消えちゃうから・・・」
   「・・・何言ってんだよ、あんなに雲出てるのに。
   しかも、もうすぐ雨も降りそうだぜ?」

   もう、「あの時」とは違うと分かっていても。
   雲が消えて行くように、
   この繋いだ手が、突然離れて行くように、
   今、「この時」も、また壊れてしまうかもしれないから。

   「でも、」
   「――大丈夫だから・・・この度は。」

   そう優しく笑った圭一くんが、眩しくて、
   帰りたいと、そう思った頃の
   圭一くんと重なって
   思わず、泣いてしまった。

   入道雲の下
   蝉の声が響く、
   夏の日に。












   main / back / next