かわいい人
「・・・・・・じゃ、じゃぁ、また明日・・・・・・」
ぎこち無く挨拶すると、魅音は向きを変えた。
その反動で、フリルをあしらった深碧のスカートが揺れる。
「み、みみ魅ぃーちゃん、また、また明日なんだよ、だよ!!」
「・・・・・・ま、また、明日な・・・」
まだ興奮冷めやらぬといった感じのレナが、
今にも『お持ち帰り』しそうな様子で、別れの挨拶をした。
そんなレナとは対象的に
気の毒そうな声色で、圭一も返答する。
今日の部活動の罰ゲームは、
圭一が、かつて制裁を受けた
「メイド服を着て下校する」といったシビアなものだった。
しかも今回のメイド服は、
前回よりもグレードアップしている。
それを提案したのはもちろん、魅音に他ならなかったが
まさか、それを自分自身が着るとは
夢にも思っていなかったのだろう。
鼻歌交じりで、部活に挑んだのが災いしたのか
あっけなく今日の敗者は魅音に決定した。
そして、今現在に至る。
「何でお持ち帰りしちゃいけないんだろ?
梨花ちゃんも、沙都子ちゃんも、魅ぃーちゃんまで・・・
・・・むぅ・・・圭一くんも、お持ち帰りしたいよね?」
しばらく、魅音の後ろ姿を、
名残惜しそうに見送っていたレナだったが、
それでも諦めきれ無いのか、そんな事を呟いた。
おまけに、妙な提案まで持ち出す始末。
「・・・はぁ?魅音を、か?」
まさか、同意を求められるとは思ってもいなかった圭一は、
思わず上擦った声を出してしまった。
そんな自身の声に、多少、驚きながらも、
ふと、先程までの魅音の姿を思い出す。
頭には、ハシゴレースを随所にちりばめたカチューシャ。
そしてその、髪の色に合わせたようなメイド服は、
深碧色のベルベット生地。
胸元を強調するようなデザインに、
ウェスト部分には、媚茶色のコルセット。
振り返った時に揺れるスカートからは、
ボリュームを出すために重ねたペチコートが見える。
それから、黒紅のニーハイソックスとの、
際どいラインから覗く白い脚。
もしもあの格好で、お持ち帰りしたら――
「お帰りなさいませ、ご主人様」と出迎えさせ、
それから肩を揉んでもらい、
極めつけに、膝枕で耳掃除をして・・・
そんな完璧なコースが、頭を過ぎった。
おまけに、その時の魅音の嫌がる様子が
リアルに想像出来て、思わず顔がにやける。
「・・・・・・やっぱり、圭一くんもお持ち帰りしたいんだね、だね!
じゃぁ、これから圭一くんとは、
『カァイイ魅ぃーちゃん』を賭けたライバルなんだよ!!」
思いもよらないレナからの宣戦布告に、
とっさにレナの方を振り向くが、
ちょっと頬を膨らませたまま、ぷいっと前を向かれてしまった。
「・・・絶対、譲らないんだからね!!」
再度、強く念押しされる。
ライバルになるという事は
あの『レナパン』に対抗する意味を表している。
――いやいやいやいや、無理。そりゃ、無理だろ!!
いつもの些細な抵抗も、あっさりと翻されるのに
敵と見なされた日には、死刑宣告をされたも同然である。
キリキリと胃が締め付けられるような、そんな感覚を覚えた。
そもそも、圭一は魅音をお持ち帰りしたいなど、
一言も呟いてはいないのだ。
・・・まぁ、確かに多少なりとも想像はしたが。
それも、レナに言われたから想像したのであって、
故意にプランを練った訳ではない。
それよりもむしろ、
苦役を共にしたかのような、そんな心境の圭一にとって
魅音のあの姿は、哀れにすら感じていた位だ。
そっと隣を見れば、
先程と同様に
少し頬を膨らませて、レナは無言で歩いていた。
まるで、既に闘いが開始されたとでも言う様に。
そんな様子を見て、でも、と思う。
確かに『レナパン』には敵わないかもしれない。
ただ、『レナ』自身になら勝てる気がした。
「・・・・・・でもさ、レナ」
圭一の呼びかけに、レナの歩く速度が遅れた。
その一瞬を狙い、圭一はレナの手首を掴み寄せる。
それから、その反動で振り向いたレナの頬に
軽く口を寄せた。
「!!!!」
案の定、驚きすぎて声が出ないのか
顔を真っ赤にしながら、固まってしまった。
そんなレナの反応に気を良くした圭一は、
最後に、顔を見つめながら一言呟いた。
「・・・それって、オレの勝ちじゃね?」
「・・・っ、ぜ、ぜぜぜぜった〜い、負けないんだよ、だよ!!!」
圭一の挑発に我に返ったのか、
ようやくレナは反応を示した。
圭一に掴まれた手を、勢い良く振り解き
自分の頬を押さえながら。
顔は紅く、呂律は回っていないけれども。
そんな様子を見て、圭一はふと思う。
――魅音の嫌がる様も楽しいけど、
お持ち帰りするなら、やっぱりレナがいい。