きみのとなりで  ― ばつげーむ ―




   勝った私へのご褒美はあなた
   心配しないで?
   負けたあなたへのペナルティは私だから



   【 ばつげーむ 】



   「レナの勝ちなのかな、かな?」
   「ま、負けた……」
   「不覚……」
   「圭一も魅音もかわいそかわいそです」
   「梨花ぁ、あなたも負けましてよ……」

   ひとり勝利に酔いしれるレナをよそに、圭一たちはがっくりと肩を落とした。
   本日の勝負は魅音の行き付けのおもちゃ屋から発掘した謎のボードゲームだった。
   見た目は将棋に似ているもののそのルールは全く違うものだった。

   「なんだよ、このジェネ……なんだっけ?」
   「中国発祥の割には用語がカタカナだったりコマが全然中国っぽくなかったり、
   胡散臭いゲームだとは思ったんだけどね」
   「でも、レナの勝ちには変わらないよね、ね?」
   「で、今日は何なんだよ」

   圭一に聞かれたレナはでれっと表情を崩した。

   「魅ぃちゃん、この間お願いしたアレよろしくっ!」
   「……あー、はいはい」

   上機嫌である。
   しかしこの場合は本人以外は笑えない展開が待っているというのがこの部活のお約束だ。

   「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。定番のお着替えなんだから」

   コスプレ、パーティー衣装辺りならいつものことだがこの喜びようはいつもと違う。
   圭一は嫌な予感がした。


   ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★


   「まずは沙都子ちゃん、某キャラクターで有名なビーグル。
   はう〜垂れたお耳がとってもキュートだよ〜」
   「あら、白黒ではなんですの」
   「あれは大分デフォルメされたやつだからね」


   ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★


   「魅ぃちゃんは細身のフォルムがエレガントなアフガンハウンド〜」
   「いやー照れるねぇー」


   ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★


   「梨花ちゃんは柴犬。赤毛と白毛もあるけどレナはこの黒いのが好き。
   オレンジとの色合いと何より眉間の丸いちょんちょんがかぁいいの〜〜」
   「みー?」
   「あーん、かぁいいよ〜お持ちかえりぃぃぃぃ!」


   ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★


   「そして、いよいよ真打登場―」
   「ちょっと待てレナ」
   「はう?」
   「何故俺だけタッチが違うんだ?っていうか犬じゃねぇ!」

   眼光の奥から向き出た殺気、口から覗くノコギリ状の牙、鋭い爪。
   他の3人のものはそれなりにデフォルメされているが、
   圭一のものだけリアル感が満載である。

   「こ・れ・は、コモドドラゴン。はう〜かぁいいよぉ」
   「ドラゴン?竜なのか!?」
   「正式名称はコモドオオトカゲ。
   脊索動物門爬虫綱有鱗目オオトカゲ科オオトカゲ属に分類される
   インドネシア固有種のトカゲさんだよ」

   レナは難しい説明をまるで図鑑を読むようにすらすらと話した。

   「トカゲ……」
   「全長は200から300cm、体重約70kgで、最大全長313cm。
   最大体重166kg。
   体色は暗褐色や暗灰色一色。
   大きさはちょっと足りないけど、この色合いが職人のこだわりを感じるの」
   「歯の間からでる、血によるショック状態を引き起こす毒、
   ヘモトキシンで噛みつかれたらどんな動物でもイチコロなのですよ。にぱー」
   「待て待て待て待て!」

   何故か梨花が説明をかなり偏った部分に絞って続けた所で圭一は止めた。

   「そんな恐ろしくもマイナー動物の着ぐるみが何故、ここにある!?」

   圭一の叫びには腕(正確には前足)を組んだ魅音がポースを決めながら答えた。
   ただ、残念ながらまるで決まってはいなかったが。

   「うちの店長が先見の明があってね。
   20年後辺りに学生でもないのにセーラー服着た眉の太いおねーさんが
   テレビの企画で競争して一躍有名になるんじゃないか、と」
   「何その具体的な先見!っていうか、生きて帰れるのかそれ!?」
   「時速18キロだから何とかなるんじゃない?何とかならなきゃ死ぬだけだし。
   死んだら企画自体おじゃんだし、なら生きているんじゃない?」
   「きゃーきゃーきゃー」
   「……なんでそのものである圭一さんが脅えなさるんですの?」

   女子のように悲鳴を上げる圭一を沙都子は冷たく見つめる。

   「レナー、これ怖いからー。交換―チェンジチェンジー」

   泣きながら訴える彼の……というか彼の着ている着ぐるみの鼻先に
   レナが人差し指でちょん、と触れる。

   「だぁめ。圭一くんには、レナの一番のとっておきを着てほしかったんだから……」

   俯いて顔を少し赤らめても今は何も感じない。
   助けを求めて部活内で一番理性的であろう梨花を見るが。

   「圭一」
   「……うん」
   「ひゅーひゅーです」
   「なああああああっ!」

   とりつくしまもない。

   「レナの一番だなんて羨ましいなぁ」
   「こんな一番ならあたくしは死んでもごめんですけど」

   まぁ、結局の所。いつもの部活動の風景では、あった。
   通常であれば、あの姿のまま下校して衆目に晒すというところまでが恒例なのだが
   今日は教室でのファッションショーで一応のお開きとなった。
   レナがずっとあのテンションのまましばらく戻ってこなかったので、
   時間がなくなってしまったのだ。

   「レナ」
   「なに?」
   「最後の俺との試合、ズルしたろ?」
   「えへへ、バレちゃった」

   レナは圭一の指摘にあっさりと白状した。
   「勝利の為に全力を尽くす」というのが
   ルールの彼らの部活において許容範囲のことだったからだ。
   そして今日の部活動は終わってしまったのだ。
   今更隠す理由もない。

   「でも何で今言うのかな、かな?」
   「部活の時に誰も言わなかったってことは、俺以外に気がつかなかったってことだ。
   だから今、俺だけにレナに罰ゲームを行使する権利がある」
   「…………」

   圭一の言っていることは言いがかりなもので、
   レナが不正をしてという証明もなければ罰ゲームに関する要求自体も不当なものだ。
   渡されたボールを彼女はいくらでもつっぱねることが出来た。

   「で、圭一くんはレナにどんな罰ゲームをするのかな、かな?」

   しかし、レナはそれをせずにボールを圭一に返した。

   「目を閉じて。何があっても、動かない」

   揺らぐ心をそっと寄せる。これは予定調和だ。
   する側もされる側も何をするかされるか了解している。
   故に、これはもう「罰」とはいえない。
   でもあえて圭一はその言葉を使った。

   「―うん」

   圭一の肩と頬に添えられた手が少し震えていた。
   少し太めの男の子の指。
   自分から言ったのに、とレナは目を閉じながら小さく笑う。
   頬に温かく優しい感触。
   唇に触れなかったことに対する安堵とじれったさが入り混じった。
   圭一の袖口をぎゅっと掴む。
   目を開ければ表情は後ろめたさが入っていて、これではまるで彼への罰のようだ。
   レナは口を尖らす。

   「圭一くんのキスは罰ゲームなの?」
   「罰ゲームなの」
   「罰じゃないのはいつしてくれるのかな、かな?」
   「あ、えーと……」

   たしなめさえならない、ただの子供じみた逃げ口上だ。
   にも関わらず、していることは子供だと言い訳は出来ない。
   どっちつかずのシーソーゲーム。
   圭一は困ったように頭を掻いた。

   「もう少し待ってくれ。あいつらを表だって敵にまわす自信が、まだ、ない」
   「ふふっ」

   部活メンバーは薄々気づいているのかもしれない。
   しかし、2人の関係を知ったらおそらく圭一はかなり強烈な嫌がらせを受けるに違いない。
   この年代の少女たちは仲間意識が高くそれ以上に3人のレナ好きはかなりのものである。
   「レナが抜け駆けした」というより「圭一がたぶらかした」という判断になるのは明白である。
   それを分かってて、立ち向かうほど圭一にはまだ覚悟がない。
   ただ彼得意の舌先三寸でレナを言いくるめて誤魔化し付き合うことだって出来る。
   レナが露骨に好意を見せているのであれば尚更だ。
   安易な嘘にも彼女は喜んでのるだろう。
   そうであるにも関わらずこの素直に認め言ってしまう。
   これを誠実というべきか臆病というべきか。

   「別に良いよ。でも、このままでどうなるか分からないからね」
   「せいぜい愛想つかされないように善処します」
   「じゃあ、せめて」
   「ん?」
   「もう一度だけー」

   レナは圭一に近づいて、自分だけの罰ゲームをお願いした。










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