きみのとなりで  ― 君と僕が壊れた世界 ―




   好き過ぎて、壊してしまう
   そんなあなたは、大好きなのに
   そんな自分は、大嫌いだ



   【 君と僕が壊れた世界 】



   《Side K》 perfume of love

   「っあ……あうっ、うっ、うっ、うううう……」
   「……たい…い、たい…痛……痛いよ……」
   「もう、もう……、許してくだ、さい……お願い、おね、がいします…」
   「嫌、嫌ぁ、もう嫌だよぉ、怖いよぉ……」

   耳につく声を聞きながら、何処かで聞いたことがあるような気がした。
   しばらく考えるとすぐに思い出せた。
   昔、興味本位でアダルトビデオ見ていたあの時だ。
   画面の女を彼女と重ねていた。

   衝撃、声、衝撃、声、衝撃、声。

   『もっと、良い声で啼いて。声を聞かせて』
   ――もっと、良い声で泣けよ。声を聞かせろよ。
   『ああ、もうイキたいんだね。……イッて良いよ』
   ――そうだ、もう逝って良いんだよ、レナ。

   「あああああああああああっ!!」

   声声声声声。

   果たして
   それは自分のものだったのか彼女のものだったのか。
   衝撃―
   やがて来る、深い沈黙。
   音のない世界。
   黒の静寂に溶けていく、自分の荒い息。鼓動。
   なぁんだ。悲鳴って、してる時の声と同じなんだ。

   だったら。
   俺は彼女が好きなのだろうか。
   殺したいほど、好きなのだろうか。
   隠し事をされていたのが、悲しくて、隠し事を咎められたのが、悔しくて……。
   ビデオの中の女優は「死んじゃう死んじゃう」と言いながらのけ反り、白い喉を見せた。
   可笑しな話だ。
   彼女は死なないのに、そんなことを言っていない目の前の少女は死ぬ。
   やり直せたら。もし、やり直せたら。
   やり直せても――俺はレナを殺す。
   だって、俺はレナを愛しているのだから。
   じゃあ、レナを好きにならなければ。
   もうこんなこと、しなくて済むのだろうか。
   あれ、そうだったか?好きになると、その人を殺してしまうんだっけ?
   それじゃあ、世界中から人がいなくなってしまう。
   でも……そうだ。昔から世界中の何処かで人はコロシアイをしている。
   なんだ。みんなそうなのか。
   好きだから、殺すのか。愛しているものを、殺すのか。
   じゃあ、いつか、俺も誰かに殺されるのか。
   でもその前に死んでしまいたい。
   こんなものが愛ならば。
   愛されるなんてまっぴらごめんだ。
   なんだか、眠い。喉が渇いた。
   なぁ。誰か。
   俺を好きだと言ってくれないかー。


   《Side R》 happy end after

   明けない夜はない、というけれど。
   夜なんて明けなくて良いって思う時がある私は変なのかな。
   手を繋いでたら、したくなった、って。
   キスした後、圭一くんは慌ててそう言った。
   あまりにも一生懸命謝るものだから、
   「他の人と結婚しているの?」って聞いたら真っ赤になって
   「そんなことあるか」って言った。

   ソンナコト、アルワケ、ナイジャナイ。

   家に帰ってから、体がそわそわした。
   唇が腫れたようにじんじんしている。
   胸の奥がざわざわする。
   ため息をひとつ。

   「もういっかい、して欲しかったなぁ……」

   礼奈の「イ」は嫌なことの「イ」。
   だから、要らないの。
   でも、圭一くんの「イ」は、良いことの「イ」。
   ふたつもあって、良いな良いな。
   だからレナにもいっこ頂戴。
   二次性徴がはじまって、定期的に、内から血を吐き出すようになって。
   ああ、こんな自分でも大人になれるんだという安堵と、
   自分が何かまるで違う生き物になってしまう恐怖に襲われた。

   『だって、妊娠しているもの』

   あの人は、その父親が誰かを明確に把握していた。
   胎内に宿ってまだ間もない、グロテスクな形をした、およそ人間とは言い難い肉の塊。
   そう。お父さんとしなかったことを、あの人としたんだね。
   ゴミ置き場にあった週刊誌のグラビアページ。写真集。雑誌。
   あんないかがわしいことをして出来たのかな?
   あれ?あれれ?
   それじゃあ、みんな同じことをしているのかな?
   あの子のお父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんもその前もずっと。
   子供は見ちゃダメなことをして、子供は出来るのかな。
   じゃあなんで隠すのかな?
   今度、魅ぃちゃんに聞いてみようかな。
   ……きっとダメだな。何も知らない。
   圭一くん。
   明日言ったら、また困った顔させちゃうかな。
   でもまた言おう。ちゃんと忘れないようにしなきゃ。
   「他の人としたらダメなんだよ」って。
   きっとお父さんはそれを言い忘れちゃったんだ。
   大丈夫、レナはきっと間違えたりしない。
   世界が壊れても、世界を壊しても。絶対頑張るもん。
   圭一くん、大好き。










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