きみのとなりで  ― 告白 ―




   「このままがいい」
   自分に言い聞かせて、胸が痛んだ

   「このままじゃだめ」
   自分を奮い立たそうとして、落ち込んだ



    【 告白 】



   それはいつもの時間だった。みんなで帰って別れてふたり。
   最後はひとりになる、その近く。

   「圭一くん、ちょっと待って」
   「あぁ?」

   「ばいばい」と言えば、それでいつも通りだった。
   でも、今日はそうはしなかった。
   言うのは何時でも良かったけれど、今が良かった。
   理由なんて全くない。

   「聞いて欲しいことがあるの」
   「なんだよ」
   「……レナはー」

   息を飲んで、心の中で自分に言い聞かせる。
   大丈夫、大丈夫。

   「レナは圭一くんが、好き」
   「……」
   「圭一くんはレナのこと、どう思っているのかな、かな?」

   何を言われるのかと楽しみにしていた表情が、固まる。
   何冗談を言っているのかと笑いとばすのか、真面目に受け取りすまなそうに断るか。
   どちらにしても、良い返事がもらえるなどとは思っていなかった。
   でもこのまま隠していられないほど、想いは募っていた。

   「俺も、レナが好きだ」

   不安を煽るような長い長い沈黙の後の、それを全部払拭するかのような嬉しい返事。
   欲しかった返事。
   だけど、彼は嬉しそうでも恥ずかしげそうでもなくー少し困ったような顔をした。

   「でも……ちょっと考えさせてくれ」
   「あの、圭一く……」
   「じゃあ、また明日な」
   「……」

   それから家に帰るまでの記憶は……あまりない。


   ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


   なんで言ってしまったんだろう。
   なんで言ってしまったんだろう。
   「好きだ」って言ったのに、困っていた。
   魅ぃちゃんも圭一くんが好きだって知ってた。
   だから先に言った。
   そしたら魅ぃちゃんは、きっと「応援する」と言うと思ったから。
   そうするしかないと思ったから。
   実際、その通りになったし。
   だから、これはきっと罰なんだ。
   このままで良かったのに。
   大切な家族と、大事な仲間、
   そして大好きな人と一緒に過ごすーそんなささやかな時間が何よりも尊いって。
   そんなこと分かっていたのに。
   なんで、それを自分から壊してしまうようなことをしてしまったのだろう。


   ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


   なんで言ってしまったんだろう。
   でもそんなことは分かっている。
   レナは好きで。
   それは友達として以上に女の子として好きで。
   でも、それと同じくらい今いる仲間が大切だった。
   俺は、ズルイ。
   両方欲しがってしまった、あざとい自分が。
   だから、これは俺の罪。
   そして今なおも、罪深い。


   ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


   朝、いつもの時間に家を出て、彼を待った。
   苦しささえ覚える胸の痛み。
   もう少しだけ我慢して。分かっているから。
   大切なのは、決意と我慢。
   その顔が見えた時、うまく笑えなかったけれど、それで良かった。
   見せたいのは、調和するための作り笑いじゃなかったから。

   「もし、好きだって気持ちが一緒ならー」

   その口が何かを言う前に、自分から話しかける。
   「おはよう」も「今日も遅かったね」も必要ない。

   「何でもするよ。皆に打ち明けたいなら、そうしようよ。
   それで皆と気まずくなってもしょうがない。我慢する」

   彼は何も言わない。
   彼女は続ける。

   「皆に隠したいんだったらそうしても良いよ。
   私頑張って、皆といる時はいつも通りにするよ。頑張って、ずっと隠れて……」

   必死に言いながら、もうひとりの自分が言う。

   『もう諦めなよ』と。
   『気持ちは伝えられたんだから』と。

   「今まで通りの方が良いなら……」

   彼は何も言わない。
   彼女は続ける。

   「それでも良いよ。昨日のことは忘れて。なかったことに―」
   「なかったことなんて、出来るわけないだろ」
   「!」

   遮るその言葉に彼女は戸惑ったような表情を浮かべた。

   「昨日、ずっと考えていた。でも分かったんだ。
   目の前にある幸せを拒否するのは、臆病ではなくー打算なんだって。
   俺は、俺の目の前にあるものから逃げださない。不相応な罪もー充分すぎる幸福でさえも」

   必要なのは、想いときっかけ。

   「ごめんね。圭一くんが何言っているのか、分からないよ」
   「分からなくていいんだ」

   彼はキスの代わりにそっと、その手を握りしめた。

   「圭一くん」
   「うん」

   それはいつか、誰かの血で染まった手だった。
   それはいつか、彼女自身の血で染まった手だった。
   それはいつか、凶器を手にした手だった。
   しかし、それはまだ、そのいずれでもない手であった。
   その手を握る。

   「しばらくは…ふたりの秘密だ。大丈夫か?」

   きょとん、といた彼女は少し考えて言葉を紡ぐ。

   「付き合って、くれるの?」
   「ああ」
   「皆にナイショで?」
   「ああ」
   「……ありがとう」

   朝日が昇るいつもの道。
   違うのは、学校に着く僅かな時間にふたりがそっと手を繋いでいたということだけだった。










   main / back / next